8月9日 県民祈りの日 ~平和について考えました

平和学習 1st

今年も8月9日「県民祈りの日」を迎えました。長い夏休みの半分を終えた子どもたちが元気に学校に集い、それぞれの立場で、平和について学び、考えました。被爆者の方々から直接、被爆体験講話をお聞きしたり、「平和祈念式典」に参列したりするなかで、原爆や戦争の恐ろしさを知ると共に、平和の大切さ、命の大切さを改めて考え、祈る一日となりました。

1stステージ(小学1~4年生):
当時6歳で被爆された城臺美彌子さんの貴重な被爆体験のお話をお聞きしました。

平和学習 1st

城臺さんは、原爆投下当時6歳でした。ちょうど、おばあさんとお話していた時にピッカという光を浴び、気付いた時には、家の下から助けられていたそうです。その後、防空壕で泣きながら過ごした話や、他のご家族の話などをして下さいました。当時の生々しい写真を目にすると、被爆した親子や家族の苦しみ、悲しみが伝わってきて、戦争の惨さを強く感じました。また、戦争中に食べていたもの、身を守る姿勢の訓練のお話も伺いました。

「今という時がどんなに平和で、私たちはどれだけ幸せな生活をしているのだろうか…」改めて、戦争の恐ろしさを知り、世界から戦争がなくなることを祈りました。今日いただいた貴重なお話を心に深く刻み、これからの平和な世界のために繋げていってほしいと思います。

平和学習 1st
平和学習 1st
平和学習 1st

2nd・3rdステージ(小学5年生~中学3年生):
「平和のつどい」では、当時8歳で西泊町にて被爆された今道忍さんの被爆体験講話をお聞きしました。

平和学習 2nd3rd

原爆投下から9日後の8月18日、米兵隊の長崎上陸の噂を恐れて家族で疎開する途中、松山町に入市された時の今道さんの体験談が、心を強く打ちました。「浦上地区に入ると一面、灰色がかった焼け野原。私たちと同じように疎開しようとしているのか、大八車やリヤカーを押す人の姿が…」。異様な臭い、浦上天主堂のレンガの様子、9日後にもかかわらず道ができていたことなど、リアルな描写が私たちの胸に響きました。

その後も、被爆者に対する言われなき差別に苦しみ、被爆者であることを言えなかったという辛いご経験も伺いました。それでも、「平和な世界を次世代に引き継ぐ必要がある」と語られていた今道さん。私たち一人ひとりが「平和」を真剣に求め、小さなことから行動していかなければならないと強く感じました。

平和学習 2nd3rd

平和祈念式典:
中学校より生徒会代表2名が、小学校より児童会代表2名が、平和公園での「平和祈念式典」に代表で参列しました。

平和祈念式典2024
平和祈念式典2024

長崎精道小・中学校を代表して1名が献花。式典が終わってから、平和祈念像の前で、みんなで心ひとつに「アヴェ・マリア」のお祈りを唱えました。厳かな雰囲気の中で平和を祈り、また、平和とは何かを考えることができました。

戦争から79年もの歳月が経った今こそ、私たちは語り部さん方から直接お聞きした戦争体験を真剣に後世に伝え、原爆や戦争の恐ろしさを訴え、平和を守り続けていくことが強く求められているのだと思います。
酷暑の中、ご来校いただきました語り部の城臺さんと今道さんに、心より感謝申し上げます。ありがとうございました。

平和学習 1st

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